AIで医師の仕事が速くなれば、病院は少ない人数で同じ診療を続けられます。私は、その結果として医師の採用が抑えられ、給与も上がりにくくなると思います。日本の保険診療では、効率化で増えた利益を医師がそのまま受け取れるわけではないからです。
病院が予定していた増員をやめたり、退職者を補充しなくなったりする。医師が大勢失業するよりも先に、こうした形で影響が出ると考えています。
人手不足の現場で働く医師にとって、AIは助けになるでしょう。ただ、追加で一人雇わずに済むなら、病院は採用のために高い給与を提示する必要もなくなります。仕事の負担が減ることと、待遇が良くなることは、分けて考えた方がよさそうです。
これは研究で確かめられた結論ではなく、診療報酬や病院経営の仕組みから考えた予測です。
この記事の目次
100人から110人への増員
例えば、いま100人の医師が働いている地域で、患者が増え、将来は130人必要になるとします。そこにAIを導入し、一人で担当できる患者が増えた結果、110人で対応できるようになったらどうでしょうか。
| 時点・条件 | 必要な医師数 | 現在からの増員 |
|---|---|---|
| 現在 | 100人 | ― |
| 将来、AIがない場合 | 130人 | 30人 |
| 将来、AIを使う場合 | 110人 | 10人 |
医師は10人増えていますが、AIがなかった場合と比べると20人少なくて済みます。今働いている医師を辞めさせなくても、新しく雇う人数を減らせるわけです。医師数が増えているからといって、AIの影響がないとは言えません。
必要な人数は、単純化すると次の式で考えられます。
診療の質と患者の重症度構成が同じ場合の単純モデルです。上の人数は将来予測ではありません。
患者の増加よりも、一人の医師が担当できる診療量の増加の方が大きければ、必要人数は減ります。逆に、浮いた時間を休みに回すなら、人数を減らさず短く働けます。病院がどちらを選ぶかを考えるには、収入と支出の話が必要です。
病院の採用判断
固定給の医師が30分早く帰れるようになっても、病院が払う給与は変わりません。AIの利用料がかかる分、支出はむしろ増えます。病院が費用を回収するには、残業代を減らしたり、患者を増やしたりする必要があります。予定していた採用をやめるのも、その方法の一つです。
私は、追加の採用を控える病院は増えると思います。患者を集めたり手術室を増やしたりするより、今いる医師で診療を続けられるようにする方が、取り組みやすいからです。欠員があっても診療を続けられるなら、給与を上げてまで医師を募集する必要も小さくなります。
患者が診療を必要としていても、その収入で給与を払えなければ、病院は医師を雇えません。患者が多いことだけでは、求人も給与も増えないのです。
2026年度の診療報酬改定でも、厚生労働省は物価高への対応や賃上げの支援を盛り込むと同時に、現役世代の負担を抑える方針を掲げています。[1]医療機関への支払いを増やしたくても、保険料や税金を負担する側の事情があります。
医療費が増えたとしても、薬剤や材料、他の職員の給与、設備にもお金がかかります。そのため、AIで節約できた費用も、まずは病院の経営を維持するために使われ、医師の賃上げには回りにくいと思います。
図1AIを使った場合の採用の変化
診療を続ける
診療を続ける
増患と診療報酬
患者を多く診ることで収入が増え、給与も上がる医師はいると思います。出来高払いなら、提供した診療に応じて病院にお金が入ります。
一件の収入が仮に5,000円なら、一時間に4件で2万円、5件なら2万5,000円になります。診療の質を保ち、算定要件も満たせるなら、同じ医師数でも収入は増えます。
ただ、それで医師全体の待遇が良くなるかは疑問です。他院から患者が移ってきただけなら、地域全体の診療量は変わりません。患者を失った病院は、採用を減らすかもしれません。
患者が増えた病院にも、看護職や検査設備を確保する費用、AIの利用料がかかります。それらを払った後のお金が医師の給与に回るかどうかは、契約や交渉次第です。
包括払いでは、支払額が同じなら、費用を抑えた分だけ利益が増えます。日本のDPC/PDPSは、一日当たりの包括評価と、手術や麻酔などの出来高評価を組み合わせた制度です。[2]入院期間を短くすると収入も減るので、早く退院できるようになれば必ず儲かる、という話ではありません。空いた病床に次の患者が入るかどうかも関係します。
診療報酬が変われば、効率化で得た利益も変わります。先ほどの例で、一時間に5件診られるようになっても、一件の単価が4,000円に下がれば、収入は2万円のままです。実際にこうした引下げが行われるかは分かりません。それでも、AIで効率化した分を、病院や医師がそのまま利益にできると期待するのは難しいと思います。
米国Medicareの制度変更を調べたClemensとGottliebは、平均して支払率が2%上がると診療提供量が3%増えたと推定しました。日本のAI導入にその数字は使えませんが、医師が提供する診療量は、報酬の条件でも変わります。[3]
医師不足が残る場所
ここまでの話で、気になるのは人手不足です。今でも医師が足りず、これから患者も増えるなら、AIを使っても採用は減らないのではないでしょうか。浮いた時間を使ってようやく休めるようになる職場もあるはずです。
厚生労働省の2024年の推計では、2040年の85歳以上の救急搬送は2020年比で75%増、同年齢層の在宅医療需要は62%増です。その一方、外来需要については全国ではすでに減少傾向と整理しています。[4]高齢化が、あらゆる医師の仕事を増やすわけではありません。
訪問診療や夜間の急変対応では、AIを導入しても医師不足が続くと思います。書類が早く仕上がっても、患者の家へ移動したり、急変に備えて待機したりする医師は必要だからです。全国の人数が足りていても、その地域の、その時間帯に働く医師がいるとは限りません。
| 仕事 | 人数を考えるうえでの注意点 |
|---|---|
| 外来 | 診察や患者への説明に必要な時間。記録が短くなった分を、増患に使うか時短に使うか。 |
| 画像・病理診断 | 医師による確認時間と検査総量。効率化を上回って検査が増えれば、増員は必要。 |
| 手術・麻酔 | 手技中の配置と手術室の枠。周辺業務の省力化だけでは、担当医を減らしにくい。 |
| 救急・在宅 | 同時に起きる急変、夜間の待機、訪問の移動。平均作業時間だけでは人数を決められない。 |
当直医全員の仕事が20分ずつ短くなっても、当直を一人減らせるとは限りません。どの診療科でも一斉に医師が余るとは考えていませんが、今いる人数で仕事を終えられるようになった職場では、追加の採用を減らせます。こうした違いは、診療科だけでなく、地域や病院によっても出てくると思います。
実際に減らせる仕事の量
AIで診療全体の労働時間がどれくらい減るかは、まだよく分かっていません。仮に勤務時間の30%を占める記録作成を半分にできても、減るのは全体の15%です。確認や修正に時間がかかれば、効果はさらに小さくなります。
Maらは米国の医師45人を3か月追い、AI記録支援の導入後、一日当たりの記録時間が中央値で6.89分、電子カルテ関連の総時間が19.95分減ったと報告しました。これらは重なる時間で、足し合わせられません。[5]
Olsonらは医師など263人を調べ、AI記録支援を30日間使った後、自己申告のバーンアウトが改善したと報告しました。[6]どちらも無作為化試験ではなく、医師数や給与への影響を調べた研究でもありません。
実際に減らせる時間が少なければ、採用への影響も小さいでしょう。浮いた時間が、増えた患者の診療や医師の休息にすべて必要なら、増員を減らす余裕はありません。似た条件の病院を比べ、AIを導入した病院が、導入していない病院と同じくらい採用や賃上げを続けているなら、私も考え直す必要があります。
給与については、採用以上に予測が難しいと思います。医師を他院に取られる心配があれば、病院は給与を上げる必要があります。また、残業が減って年収が下がったとしても、時間当たりの給与は上がっているかもしれません。年収だけで待遇が悪くなったと判断するのも違うでしょう。
AIを導入した後の働き方
私は、AIを使って医師の負担を減らすことには賛成です。記録に追われていた時間が減り、早く帰れるようになるなら、それだけでも十分な価値があります。
ただ、AIを使えるようになれば待遇も良くなる、と期待するのは難しいと思います。同じ人数で多くの患者を診られるようになれば、病院は追加の採用を控えられます。人手不足を理由にした賃上げの要求も、以前より通りにくくなるでしょう。
AIの導入時には、仕事が短く済むようになった分をどう扱うかまで、話しておいた方がいいと思います。早く帰れるのか、それとも診療枠を増やすのか。担当する患者が増えるなら、それを給与でどう評価するのか。
診る患者だけが増えて、勤務時間も給与も変わらないのでは、医師にとってはあまりうれしくありません。仕事が楽になるはずだったのに、という結果にはしたくないと思います。
参考文献
- 厚生労働省.令和8年度診療報酬改定について【医科全体版】.2026年9月4日版.pp.2–3, 140.改定の基本方針、賃上げ等への対応、生成AI等を利用した場合の配置人数の算入方法。
- 厚生労働省.令和8年度診療報酬改定の概要:5.入院(DPC/PDPS).2026.pp.2, 8.一日当たり包括評価と、手術・麻酔等の出来高評価の基本構造。
- Clemens J, Gottlieb JD. Do Physicians’ Financial Incentives Affect Medical Treatment and Patient Health? American Economic Review. 2014;104(4):1320–1349. DOI: 10.1257/aer.104.4.1320.1997年の米国Medicareの支払地域区分変更を利用した分析。AI導入を調べた研究ではありません。
- 厚生労働省.新たな地域医療構想に関するとりまとめ.2024年12月18日.本文p.2(PDFの4ページ目).2040年の高齢者救急・在宅医療の需要推計と、外来需要の状況。
- Ma SP, Liang AS, Shah SJ, et al. Ambient artificial intelligence scribes: utilization and impact on documentation time. Journal of the American Medical Informatics Association. 2025;32(2):381–385. DOI: 10.1093/jamia/ocae304.前向き業務改善研究。オンライン公開は2024年12月。著者所属機関による抄録。
- Olson KD, Meeker D, Troup M, et al. Use of Ambient AI Scribes to Reduce Administrative Burden and Professional Burnout. JAMA Network Open. 2025;8(10):e2534976. DOI: 10.1001/jamanetworkopen.2025.34976.多施設の導入前後比較。解析対象263人のうち医師は232人。バーンアウト評価の対象は194人。
日本の保険診療を中心に、AIが医師の採用と給与に及ぼし得る影響を考える論考です。将来の見通しは筆者の考察であり、医師数や給与への影響が実証されたことを意味しません。本文の人数例は仮定で、将来予測ではありません。
2026年9月21日公開。参照資料は本文中のリンクと参考文献から確認できます。